3分で読める!今更聞けない、セナプロ対決ってどんなんだったの?Part1【セナプロ人気と比例する日本におけるF1ブーム】

日本では1987年からフジテレビが全レース中継することになった。中嶋悟がフル参戦した年で、ホンダエンジンも絶好調。

セナは「音速の貴公子」と呼ばれて日本での人気もすごかった。カッコいいから女性ファンも多かったし、人気番組の「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」にて、石橋貴明氏が「アイルトン・タカ」と名乗り、セナとカート対決するというコーナーがあり、高視聴率を記録し、F1ファンでなくてもセナは有名だったのだ。あのユーミンの名曲「Hello,my friend」がセナのことを思って作られた歌だったことをご存知であろうか?ユーミンがテレビ番組で言っていてびっくりした。芸能界にもセナファンが多かったのもあり、その影響もあって彼の人気が加速したような気がする。

プロストとは、1988年と1989年マクラーレン・ホンダでチームメイトだった。たった2年なのに、史上最強の有名なライバル争いを繰り広げる。

プロストによると、本当はネルソン・ピケ(フェルスタッペンの彼女のお父さん)がチームメイトになる予定だったところ「若手で有望のセナを入れて強いチームにすべきだ」と自分が推したと告白している。こうやってチームメイトになった2人。Part2からはいかに彼らが険悪になっていったかをさくっと説明する。

続きはこちらから→3分で読める!今更聞けない、セナプロ対決ってどんなんだったの?Part2【1988年チームメイト1年目】

 

 

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